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七人の侍
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監督 黒澤明
製作 本木莊二郎
脚本 黒澤明
橋本忍
小国英雄
出演者 志村喬
加東大介
宮口精二
藤原釜足
千秋実
木村功
三船敏郎
稲葉義男
音楽 早坂文雄
撮影 中井朝一
公開 1954年4月26日 日本の旗
1956年11月19日アメリカ合衆国の旗
上映時間 207分
製作国 日本
言語 日本語
allcinema
キネマ旬報
IMDb
  


七人の侍』(しちにんのさむらい)は、1954年4月26日に公開された黒澤明監督の日本映画

シナリオやアクションシーン、時代考証などの点を含め、世界的に高く評価されており、以後の映画作品に多大な影響を与えた。また他国の映画監督にもファンが多いと言われている。フランシス・フォード・コッポラは「影響を受けた映画」と公言しテンプレート:要出典ジョージ・ルーカスは「『スターウォーズ』シリーズはSFという舞台で黒澤のサムライ劇を再現したかった」と述べているテンプレート:要出典。幼少期に黒澤作品に触れて多大な影響を受けたというスティーヴン・スピルバーグは、映画の撮影前や製作に行き詰まったときに、もの作りの原点に立ち戻るために必ずこの映画を見ると発言しているテンプレート:要出典

黒澤が、部分的にではあるがマルチカム撮影方式を初めて使用した映画である。本来は撮り直しのできないシーンのための保険的意味合いでの採用であったが、黒澤はその効果に驚き、これ以降の作品では常用することになった。

スタッフ 編集

登場人物 編集

テンプレート:ネタバレ

七人の侍 編集

島田勘兵衛(志村喬
戦略家で冷静なリーダー。脚本家の橋本忍いわく上泉伊勢守信綱をモデルにしているテンプレート:要出典平造・合口拵えの短刀に、打刀拵え太刀と、戦国時代後期の初老の侍の最も正統的ないでたちをしている。合戦時には、不安定さを演出するため、肩衣家紋の「三つ巴」が反転される 。 (平造・合口拵え;ひらづくり・あいくちこしらえ)。
そろそろ五十に手が届く、歴戦の武士だが、負け戦ばかりで、今は初老浪人。白髪が目立つ風貌で、若い頃の「一国一城の主」という志も肉体的年齢的に既に叶わぬ己の身に一抹の憂いを見せる。
周囲の状況や地形を利用した策略を得意とし、規律を乱したり勝手な行動を取る者には容赦無く激昂し抜刀する一面を持つ、また弓にも長けており、弓によって3人の野武士を屠っている。雨の合戦での弓を射るシーンは、動と静、そして雨を上手く融合させこの作品の名シーンの一つとなっている。
豪農の子供を盗人から救ったことで、利吉達に村を助けて欲しいと懇願されるも、当初は乗り気ではなかった。しかし人足たちによる百姓達の苦痛の訴えに負け、引き受けることを決意。村の地形を考慮し、熟考の末40騎の野武士と戦うなら少なくとも7人の侍が必要と判断する。
片山五郎兵衛(稲葉義男
勘兵衛の参謀的存在。茫莫たる風貌。塚原卜伝をモデルにしているテンプレート:要出典。百姓の窮状を救うというよりも、勘兵衛の人徳に惚れたという形で傭兵に加わる。いつでも静かで柔和な表情を見せるが、防護柵を作る人夫の先導を取ったり、野武士との合戦に疲弊し怯える百姓達を鼓舞し奮い立たせる役目も持つ。軍学は相当でき、経験豊富な浪人。
テンプレート:SpoilerH合戦時、菊千代が持ち場を離れた間に野武士の種子島に撃たれて死亡。テンプレート:SpoilerF
七郎次(加東大介
勘兵衛の最も忠実なる部下。何時もその影のように付き添って戦ってきた。勘兵衛いわく「古女房 」。勘兵衛の顔付きだけで、その意図するところを知り、ただちにそれに従って動く。先の戦で勘兵衛と生き別れるが、二の丸が焼け落ちた際に死体に隠れ生き延びる。その後、偶然宿場で勘兵衛と遭遇「死んでいたものとばかり」思っていた勘兵衛は再会に破顔し喜び、そのまま傭兵に加わる。七郎次の一番大きな特徴は無私という事である。落ち武者となって竹槍で追われた経験があり、その憎悪は強く、一時百姓に対する悪感情を露にした。
林田平八(千秋実
苦境の中でも深刻にならない愛想の良い浪人。若く明るく柔軟で生まれつき人懐っこく、グループではムードメーカー的存在に位置。茶屋で無銭飲食し、対価の代償として茶屋の裏で薪割りをしている所を片山五郎兵衛にスカウトされる。自称の流派は薪割り流。ふざけ屋で、冗談ばかり言っており、道化が大好きなように見え、菊千代をよくからかっている。神経が細かく、全てによく気がついているが、リーダーになって何かやるのは不得意である。武士としての腕は少し心もとない(五郎兵衛は「腕は中の下」と評する)。「戦に何か高く翻げるものがないと寂しい」と、トレードマークとなる「○○○○○○△た」のを作る。
テンプレート:SpoilerH野武士のアジトを襲撃時、利吉が伴侶を発見、炎上するアジトの中に消えた伴侶を追おうとした利吉を静止しようとしたところを銃殺され、7人の中で最初の戦死者となる。なお、演じていた千秋は7人の俳優の中で最後まで存命であり、晩年は最後の侍としてのゲスト出演も多かった。テンプレート:SpoilerF
久蔵(宮口精二
修業の旅を続ける痩躯の侍で凄腕の剣客無口・孤高・兵法の鬼。宮本武蔵がモデルであるテンプレート:要出典。自分自身を求道家的な戒律で律しているため、非常にストイックである。世の中で頼りになるのは自分の腕だけだと思っており、勘兵衛は「己をたたき上げる、ただそれだけに凝り固まった男」と評する。しかしそれは必死の努力であり、志乃と逢瀬を重ねる勝四郎を慮るなど、根は優しい男である。 破れ寺で決闘をし終えた所を勘兵衛がスカウトするが断り、落胆させている。しかし出発期日直前になって勘兵衛の元に現れ、参加の意思を見せる。空いた時間があれば百姓に竹槍で突かせる修行等に励み、至近距離から放たれた矢を避けるほどの反射神経を持つに至る。また闇夜に乗じて単身森の中に潜入、2人の野武士を倒し種子島1丁を奪取、そのまま平然と仮眠を取るなど豪胆な面も持つ。現代人的なストイックさを演出するため、史実的にはもっと後世の時代の装いが採用されていて、江戸時代の侍のような、大小拵えの刀を差している。純粋な「少年性」を演出するため、「肩衣」はつけておらず、合戦時も他の侍と異なり、籠手(こて)や額当(ひたいあて(勘兵衛)、菊千代は半首(はつぶり))、腹巻(勝四郎)・腹当)などの防具は着用していない。 : テンプレート:SpoilerH豪雨の中の決戦にて野武士の副頭を倒すも、櫓に隠れていた頭目に種子島で撃たれる。最後の力を振り絞って刀を振りかざし、応戦の構えを見せるも、前のめりに倒れそのまま絶命。テンプレート:SpoilerF
岡本勝四郎(木村功
育ちが良い裕福な家(没落した守護大名の家中。郷里に年老いた母と優しい美人の姉がいるテンプレート:要出典。)の末っ子で半人前の浪人。浪人になりたいと親に頼んでも許さないので、家を飛び出して旅をしている。勘兵衛を師として仰ぎ、弟子入りを志願するが断られる、またその勘兵衛に浪人の辛い現実を教えられ、一時動揺、逡巡する表情を見せる。かなりの小遣いが融通できるのか、何者かによって米を盗まれ落胆する与平らに感謝される額の金銭を提供している。勘兵衛達からは「まだ子供だ」とよく言われている。森の中で万造の娘、志乃と出会い、互いに惹かれ恋仲となる。合戦時では主に、勘兵衛の指示を各持ち場へ連絡する役を担当。
菊千代(三船敏郎
侍然とした勘兵衛に興味を持ち、宿場を出立した勘兵衛達の後を勝手に追ってきた最後の7人目の侍。薩摩刀野太刀のような、子供っぽい長大な刀を肩に担いで浪人のように振舞っているが、勘兵衛にすぐに「貴様、侍か?」と浪人でない事を疑われる。酒癖が悪く、勘兵衛達の前で酒乱状態になるが、平八に見事にハメられてからかわれる。百姓の狡賢さや武士の横暴さを我が事のように吐露し、それを発端に勘兵衛から「百姓の出か」と看破されるも、逆にその事が百姓と侍達を繋ぎ止める重要な役となる。「菊千代」という名前は、勘兵衛に自分が侍だと思われたいがために、没落した名族の屋敷跡から拝借してきた家系図から適当に選んで名乗った名前であり、後に仲間として受け入れられた時に便宜上そのまま「菊千代(様)」と定着してしまう(本名は不明のまま)。型破りで特別に血がたぎった熱い男。合戦では持ち前の巨躯と豪腕で長剣を振り回す。人懐っこい人物で村の子供達を笑わせたり、鎌を取り上げ刈入れを手伝うなど、百姓と侍を結びつける仲介役も兼ねる。天真爛漫な性格で、刈入れで集まった女の数の多さに狂喜し、常人では扱えないような暴れ馬でも持ち前の強力で強引に乗りこなすが、落馬した際には村中の笑いものになる。作品中に、色々な登場人物と仲良くするエピソードがちりばめられていて(後述の与平など)、見所のひとつとなっている。大木の下で野武士を待ち伏せして襲撃、捕縛する場面では即興で久蔵と息のあった連携を見せる。
テンプレート:SpoilerH豪雨の合戦の最中、久蔵が狙撃され目の前で崩れ落ちる姿を見て単身頭目に襲い掛かるも、直前に腹部に被弾、頭目を倒して息絶えるテンプレート:SpoilerF

侍としての自我アイデンティティーの強い、勘兵衛(志村喬)・七郎次(加東)・久蔵(宮口精二)・菊千代(三船)は、必ず「脇差短刀」を差している。温和な性格の、五郎兵衛(稲葉)・平八(千秋実)・勝四郎(木村功)は、大刀を一本差しにしているのみである。細かい事であるが、キャラクターを演じ分けるためにこういう事をしているのである。

補足編集

島田勘兵衛、片山五郎兵衛、久蔵、の要出典に関し以下補足します。テンプレート:疑問点

橋本忍著「複眼の映像ー私と黒澤明」、村井敦志著「脚本家・橋本忍の世界」によると、

「七人の侍」は黒澤明、橋本忍の2つの流れた企画の末に生まれてきたものだという。前作「生きる」の後、黒澤は新しい企画として「侍の一日」という本格的時代劇を企画した。ストーリーは、侍のお城でのお勤め中に些細なミスが発覚し責任を取る為切腹をしなければならなくなった。介錯を頼んだのはいつも一緒に昼食を食べている知人の馬廻り人、というものである。時代考証をすると、当時昼食という風習があったのか?、という確証がどうしても取れないという事になった。個々の記録を見ても1日2食という資料ばかり、そこで橋本はこの企画を中止する決断を下す。次に黒澤が企画したのは「日本剣豪列伝」、日本古来の剣豪の有名なエピソードをオムニバス的に紹介するものである。剣聖と言われた上泉伊勢守、塚原卜伝、宮本武蔵、柳生十兵衛三厳など八名の剣豪達のエピソードを映画にするというものである。

村井の「脚本家・橋本忍の世界」の中で、橋本は「江戸時代に書かれた「本朝武芸小伝」の中に書いてあるエピソードを元に脚本を書いた。ただし自分が実際に読んだのは現代語に翻訳されたものだが、タイトルは思い出せない」と言う。そこで村井が調べた所、1938年に雄山閣から出版された笹川種郎解説の「美談日本史第十一巻武藝美談」を挙げ、この本の中に書かれている各々の剣豪達の以下のエピソードを参考に、橋本は脚本の中で島田勘兵衛、片山五郎兵衛、久蔵の行為として色付けしたのではないかと記述している。

上泉伊勢守のエピソード(を「七人の侍」の中の島田勘兵衛の行った事として映画の中で色付けした)
これは「上泉伊勢守の化羅の話」として記録に残っている。上泉伊勢守が諸国修業の際(永禄六年)村民達が民家を囲んでわいわいやっているところへ通りかかった。上泉が「どうしたのだ」と聞くと、咎人(とがにん)が小児を人質に取り民家に籠ってしまったので、こうして取り囲んでいるものの、どうしたら良いか分からず、小児の両親も悲しんでいるのだという。上泉は「その小児は私が取り返してやろう」と言い、折り良く通りかかった僧を呼び止めて、「人質になった小児を取り戻す為に謀略がある。私の頭髪を剃って、法衣を貸して欲しい」と言った。僧は承知し、上泉をすぐ坊主頭にして法衣を脱いで渡した。上泉は法衣を着て、握り飯を懐に入れ、咎人の籠っている民家に向った。「おれに近づいちゃならないぞ」という咎人に構わず中に入った上泉は、「人質にされた子供が腹をへらしていると思ってなあ、握り飯を持ってきたのだ、どうかこの坊主に免じてその子の手をしばらく緩めてやってくれぬか。坊主というものは慈悲をもって行としているから、こんな時に知らぬ顔が出来ないもんでなあ」と言いながら、懐から握り飯を一つ出して小児に投げ与え、さらに別の一個を取り出して「どうですか。あなただって腹が減ったでしょう。これを食べて一休みなさるが良い。私は何もしませんからなあ、安心してござるがよい」と言って、咎人にひょっと投げる。思わず咎人が手を伸ばす所を飛びかかり、手をつかんで引き倒し、小児をむしり取るようにしてして戸外に出た。その後は村民らが寄ってたかって咎人を殺してしまった。上泉が法衣を脱ぎ僧に返すと僧は大変上泉を褒め、「あなたはまことに豪傑ですなあ、坊主の私ではありますが、あなたが勇剛の人で本当に真剣の術で、何か立派な悟りをお開きになった方だ、というのは分かりますよ」と言って、化羅(袈裟の事)を上泉に授けて僧は去った。上泉はその後常にこの化羅を身から放さなかったが、後に上泉の第一の弟子にこれを授けた。上泉のやさしい性格がにじみ出るような逸話である。
塚原卜伝のエピソード(を「七人の侍」の中の片山五郎兵衛の行った事として映画の中で色付けした)
卜伝が再起不能の病床にある時、三人の息子のうちいずれに家督を継がそうかと迷い三人を試す。木枕を病室の入口のノレンに仕掛けておき三人を順に呼び入れた。長男は「見越しの術」で木枕が落ちてくるのを見抜き取り除いてから入った。次男は落ちてくる木枕をよけ、三男は剣で真っ二つにしてから入ってきた。卜伝は長男に家督を譲ったという。
柳生十兵衛三厳(みつよし)もしくは宮本武蔵のエピソード(を「七人の侍」の中の久蔵の行った事として映画の中で色付けした)
注)久蔵のモデルは脚本の橋本忍自身が「複眼の映像ー私と黒澤明」の中で宮本武蔵としている。しかし別に引用した村井の「脚本家・橋本忍の世界」の中では自説として柳生十兵衛三厳をモデルとし、暗に橋本の思い違いを指摘している。村井は橋本にインタビューし、その内容から自分でも調査をして、この著作の中で橋本の思い違いを行間に表現している。
ある大名の家で一人の剣客が紹介された。剣客は「一手、お立ち会いくだされ」と申し出たので、三厳も承知して試合となった。立ち会ってみると相打ちになった。「もう一度お立ち会いのほどを」と言うのでやってみるとまた相打ちだった。その時三厳は剣客にむかって「わかったか」と言った。相打ちだと思っていた剣客は「二度とも相打ちでございます」と答えた。三厳は主人の大名に向って「いかがご覧になりましたか」と問うた。大名も「浪人の申す通り相打ちとお見受けもうした」という。すると三厳は苦笑して「この勝負が見分けられないのでは仕方がない」とつぶやいた。怒った剣客は「では、真剣勝負を」といきり立つ。三厳は「二つと無い命だ、真剣勝負などいらぬこと、おやめなさい」とたしなめるが、剣客は聞かない。それで真剣勝負となったが、相打ちと見えるまもなく剣客は肩先を六寸も切られて一言も言わず倒れてしまった。三厳は羽二重の小袖が切られただけで下着の裏までは刀が届いていなかった。「武藝美談」によればこの話は「撃剣叢談」に収録されているという。

さて、でき上がった「日本剣豪列伝」を読んだ黒澤は「シナリオにはやっぱり起承転結があるんだよね」と言い、苦笑しながら「もともと、頭からおしまいまでクライマックスだけでつなぎ、一本の映画をなんて、とんでもない間違いだったんだね」と言った。話題を変えて黒澤は「ところで当時の武者修行だけど、彼らはどうやって毎日飯を食っていたんだろう」と黒澤がつぶやいた。この疑問を橋本は東宝の企画部に伝え、製作者の本木荘次郎が次の打ち合わせでしゃべる事になった。その打ち合わせで本木がつぶやいた一言が「七人の侍」のヒントが生まれた瞬間であった。

本木「疑問の件だけど、当時の武者修行は金など無くても全国を自由に動き回れたんだ。道場に行き一本手合わせをすれば晩飯を食わせてくれ翌朝出発する時に乾飯をくれる。だからその日のうちに次の道場までたどり着ければいいんだ」
橋本「本木さんよ、次の日までに道場に着けばいいよ、しかしもし無かったらどうなるんだ?」
大木「お寺に行けば良い、寺院が庇護してくれるんだ寺院を訪れれば飯を食わせてくれ、乾飯もくれる」
橋本「じゃ、道場もお寺もない時は?」
本木「当時は室町末期から戦国時代で全国的に治安が悪く、山野には盗賊や山賊がたむろして出没する時代だ、だからどこかの村に行って、一晩寝ずに襲ってくるかもしれぬ夜盗の番をすればどこの村でも百姓が腹いっぱい飯を食わせてくれて、乾飯もくれるのさ」
橋本「百姓が侍を雇う?」
私は瞬間に黒澤さんを見た。黒澤さんも強い衝撃で私を見ている。
黒澤「出来たな」
橋本「出来ましたね」
橋本「侍の数は何人にする」
黒澤「三,四人は少なすぎる、七,八人、いや八人は多い、七人くらいかな」
橋本「じゃ、侍は七人ですね」
黒澤「そう、七人の侍だ!」

上記三名に菊千代、勝四郎、七郎次、林田平八のキャラクターが追加された。

村の百姓達 編集

儀作(高堂国典
離れの水車小屋に住む長老。村のブレーン的存在。利吉の野武士と戦う提案に「侍(さむれえ)雇うだ」と教える。最期まで水車小屋から離れる事を頑なに拒み、野武士襲撃の際に燃え盛る水車小屋もろとも命を落とす。百姓達からの呼称は「じさま」。
利吉(土屋嘉男
年若の百姓。迫り来る野武士と戦おうと、絶望する皆の前で真っ先に言い出し、儀作の教えで浪人探しに町へ出る。女房を野武士にさらわれたことで野武士に強い恨みを持っているが、感情を押し殺す性格で常に険しい表情をしている。平八に気遣われるが、心を閉ざし続ける。侍探しには最も積極的だが、つねに断られてばかりである。
村に着いた侍達に家を明け渡し、炊事等の世話役を務める。
茂助(小杉義男
壮年の百姓。利吉たちと共に浪人探しに出る。普段は百姓達のまとめ役でしっかり者だが、防御線の外にある自分の家を捨てねばならぬと知った途端に自己保身的な行動に走った。しかし勘兵衛の大喝によって泣く泣く家をあきらめ、村を守る為に奔走した。
万造(藤原釜足
壮年の百姓。志乃という美しい一人娘を持つ。自己保身ばかり考えており、すぐに不貞腐れる、身勝手な性格。野武士と戦うことに消極的であったが儀作の提案で浪人探しに町へ出る。
利吉の女房の二の舞を危惧し、親心から娘を守ろうと泣き叫び抵抗する志乃の髪を切って無理矢理男装させるが、それが原因で村中騒然となる。勘兵衛ら傭兵達にも娘を取られるのではと警戒しており、志乃を男装させたままであった。
与平(左卜全
少し精神的に「のんびりした」おじさん。意気地が無く、すぐに泣きべそをかく上に、かなりのドジ。利吉たちと共に浪人探しに町へ出る。後に菊千代とは名コンビになる。合戦時菊千代が与平に持ち場を任せたため、弓で襲われて死亡。
志乃(津島恵子
万造の美しい娘。万造の手により髪を切られ男装することになる。勝四郎に思いを寄せる。情熱的なものを内に秘めている。
利吉の女房(島崎雪子
収穫物を野武士に強奪される代わりとして、村から人身御供で差し出された女性。野武士のアジトに囚われの身となる。菊千代らの手によってアジトに火が放たれた際、幽鬼のような状態で出てくるが、眼前に現れた夫・利吉に驚き、焼け崩れるアジトの中に姿を消す。
伍作(榊田敬二
儀作の息子(熊谷二良
儀作の息子の嫁(登山晴子
防御線の外にある水車小屋に立てこもっている儀作を、子供をつれて助けに行こうとするが、野武士の放った矢が背中に当たり、救助に来た菊千代に子供を渡して息絶える。
百姓(峰三平)(川越一平)(鈴川二郎)(夏木順平)(神山恭一)(鈴木治夫)(天野五郎)(吉頂寺晃)(岩本弘司
今井和雄)(中西英介)(伊原徳)(大塚秀雄)(大江秀)(河辺昌義)(下田巡)(加藤茂雄)(川又吉一
百姓女(本間文子)(小野松枝)(一万慈多鶴恵)(大城政子)(小沢経子)(須川操)(高原とり子
百姓の娘(上遠野路子)(中野俊子)(東静子)(森啓子)(河辺美智子)(戸川夕子)(北野八代子
劇団若草劇団こけし座日本綜合芸術社

町人 編集

人足A(多々良純
仕事が無く、木賃宿でずっと飲んだくれて博打を打っている。侍を雇うという利吉達の提案を馬鹿にして、イヤミをずっと言っている。しかし勘兵衛が利吉たちの頼みに断りを入れて立ち去ろうとする時、一肌脱ぐことに。
人足B(堺左千夫
人足C(関猛
腕っ節の強い大男だか、かなり間が抜けている。菊千代と喧嘩をして惨敗。
饅頭売(渡辺篤
売れ残った饅頭を宿で皆に売ろうとするが、相手にもされずふてくされる。
琵琶法師(上山草人
豪農家の祖父(小川虎之助
盗人が娘の子供を人質に豪農家に立てこもった所を、通りがかった勘兵衛に助けを求める。「頭を丸めてくれ」や「握り飯を二つ作ってくれ」という勘兵衛の指示に戸惑う。
豪農家の娘(千石規子
勘兵衛の指示に従って、訳の分からぬまま握り飯を作る。
豪農の家の亭主(安芸津広
豪農の前の百姓(堤康久
豪農の前の百姓(片桐常雄
豪農の前の百姓女(馬野都留子
利吉を蹴飛ばす浪人(清水元
利吉が最初に来てくれと申し出たを持った浪人。腹を立てて「たわけ」と一言いい立ち去る。
弱い浪人(林幹
人足達と博打をやって金を巻き上げられてしまい、腹を立てて刀を振り回したところ逆に袋叩きにされて 今は木賃宿で狸寝入りしている。与平の話を聞いて一時雇われようとするが、人足達にまたちょっかいをかけられてひるんでしまう。
強そうな浪人(牧壮吉
久蔵と河川敷を使って勝負を行い、引き分けを主張する。久蔵の「拙者の勝ちだ」という言葉が気に入らず真剣勝負を挑むが、あっけなく斬られる。
鉄扇の浪人(山形勲
勘兵衛が最初に見込んだ侍。知行恩賞にはまったく縁のない話と聞かされて、「拙者の夢はもうちょっと大きい」と憤然と言い捨て、立ち去る。
茶屋の親爺(杉寛
五郎兵衛が侍探しに寄った茶店の親爺。飯を食べさせる代わりに茶店の裏で薪割りをしている平八を紹介する。
僧侶(千葉一郎
盗人騒動の際に通りかかった。頼まれて勘兵衛の髪を剃り落とし、袈裟を貸す。
町を歩く浪人(仲代達矢
町を歩く浪人(宇津井健

野武士 編集

野武士の頭目(高木新平
40人の野武士一団を率いる。雨中の決戦にて、種子島(火縄銃)で久蔵を射殺するが、菊千代に追詰められ相打ちとなる。
副頭目(大友伸
雨中の決戦にて、久蔵に斬られる。
鉄砲の野武士(高原駿雄
屋根の野武士(大久保正信
斥候A(上田吉二郎
村を偵察に来た所を捕縛され、農民たちに惨殺される。
斥候B(谷晃
斥候C(中島春雄
弓の野武士(金子家教遠藤茂 二人一役(日本弓馬会範士))
逃亡する野武士( 成田孝
逃亡する野武士( 大村千吉
野武士(西條悦郎)(伊藤実)(坂本晴哉)(桜井巨郎)(渋谷英男)(鴨田清)(広瀬正一)(宇野晃司)(橘正晃)(坪野鎌之)(中恭二)(宮川珍男児)(砂川繁視)(草間璋夫)(天見竜太郎)(三上淳)(松下正秀)(池田兼雄

その他 編集

盗人(東野英治郎
子供を人質に豪農家に立てこもった所を、僧侶に扮した勘兵衛に討ち取られる。これを見た利吉たちが、勘兵衛に村に来てほしいと申し出る。

あらすじ 編集

時は戦国時代百姓と侍という相対する存在の描写と、彼らの関係に変化が起こる描写を加えつつ、「百姓と侍の連合軍」対「野武士の一団」の合戦が始まる。 テンプレート:ネタバレ

寒村 編集

野武士の群れが山間の小さな村を狙っていた。村は、その前の年も野武士達に襲われ、必死の談合で命からがら助かったものの、取られるものは取れるだけとられてしまっていた。野武士達は、麦が実ってきたらまた村を襲うことに決めて去ったが、その様子を偶然居合わせた村人が目撃していた。

ようやく村が立ち直り始めたその時に再び野武士がこの村を狙おうとしている。村の百姓達の寄り合いが絶望的な叫び声、泣き声、死んでしまおうかという声に包まれる中、利吉という若い百姓が我慢の限界に達し憎しみを込めて「野武せりは二度と来ないように皆突き殺すだ」と言い放った。その一言に皆は動揺し震え上がる。百姓たちのまとめ役の茂助が利吉たちの仲間喧嘩を見て長老の判断を仰ぐ。長老は利吉の話を聞き、しばらく考え、「やるべし」と決意する。

その一言に皆は戸惑うばかり、戦の仕方などまったく知らないのをどうすればいいのかと万造が聞くと、義作から侍を雇うという異例の台詞が出てくる。彼はかつて百姓が侍を雇って村の壊滅を防いでいたのを目撃した事があった。

百姓のために戦う侍などいるものかと思う万造は、何を見返りに侍を雇うのかを含めて長老に聞く。「腹の減った侍を探せばよい」という長老の言葉を頼りに、百姓達は侍を探しに町へ出る。

絶望の淵 編集

町に出た利吉、茂助、万造与平の4人は町を歩く浪人たちを見て立ち尽くす。さっそく利吉はすれ違う浪人に助けを申し込んでみるが蹴飛ばされて泣かされ、しかも侍の良し悪しが分かるはずもなくあきらめの雰囲気が漂う。木賃宿の隣の町の畑の麦が実っているのを見て、利吉達はあまり時間がないことを知り、ますます絶望を深める。

四人が木賃宿で静まり返っている。弱音を吐く与平をみて隣で博打を打っている人足たちが馬鹿にしながら笑う。宿の中ではただ琵琶法師の奏でる琵琶の音色がむなしく鳴っており宿の空気を一層静まり返らせ、明日の見えない百姓たちはついに仲間割れを起してしまう。

そんな中、利吉達は人だかりに出くわした。何ごとかと見ていると、その中から一人の初老の浪人、勘兵衛が現れ、短刀でを切り落とし僧侶に頭を丸めてもらっている。どうやら前の晩に盗人が豪農の館に現れ、捕まえようとしたところ豪農の子供を人質に納屋に逃げ込み、そのままずっと立てこもって手が出せない状況らしい。たまたま通りかかった勘兵衛はすぐに解決を引き受けたらしいが、なぜか握り飯を作ってくれと豪農に頼み、さらに通りがかった僧侶に剃髪を頼んだというのだ。

勘兵衛は頭を丸め上げた後、僧侶から袈裟を借りて無防備な僧侶に化け、握り飯を二つ手にして納屋へと歩いていった。興奮している盗人を前に「子供がひもじいと思うので握り飯を持ってきた、一つはお前が食べるが良い」と握り飯を一つづつ中へ投げ込んだ。次の瞬間、勘兵衛は一瞬の隙を付いて納屋の中へ飛び込み、相手の刀を使って盗人を倒した。勘兵衛は感謝する町人たちを尻目に、そそくさと去っていった。

あっけにとられていた利吉達だが、やがて我に返って勘兵衛の後を追う。そこへ、騒ぎを見ていた若侍の勝四郎も勘兵衛に「弟子にしてください」と迫る。侍達の雰囲気に呑まれていた百姓達であったが、利吉は勇気を振り絞って勘兵衛に野武士退治を頼む。

実戦経験のない勝四郎は乗り気だが、勘兵衛は無理だと一蹴。やるとしても、せめて七人の侍が必要だという。しょげかえる利吉達に、木賃宿に居合わせた人足達は「死んじまえ、その方が楽だぜ」と茶々を入れる。人足達に激昂する勝四郎だが、人足達は逆に、百姓の窮状を分かっていながら行動しない侍をなじり、侍が米を食べているのにそれを作る百姓は稗を食べていると叫ぶ。

勘兵衛は、利吉たちの米の椀をとり、「この飯、おろそかには食わんぞ。」といい、飯をかきこんだ。

浪人集め 編集

勘兵衛は百姓たちの代わりに、ある程度能力がある侍を探し勝四郎を使って腕を試す。腕のいい浪人は見つかるが百姓たちの頼みになかなか応じてくれる者がおらず、皆立ち去っていく。そんな中、人柄のよさそうな浪人を見つけ、同様に腕を試そうとするとたちまち見破られてしまった。その浪人、五郎兵衛に話を切り出すと、勘兵衛の人柄の好さに惹かれたと、即応してくれたのだった。

勘兵衛と新たに加わった浪人、五郎兵衛は次々と腕と正義感のある侍たちを集めていく。物売りをしていた勘兵衛のかつての相棒七郎次、茶屋で代金代わりに薪割りをしていた平八、剣術に秀でた久蔵、こうして五人の侍が集まった。勝四郎もついて行きたがるが、勘兵衛は気が進まない。しかし利吉達の強い願いで勝四郎も六人目として迎えられた。

前もって言っていた七人に一人足りないが、勘兵衛は時間の節約を考えあきらめようとする。そんな中、人足達が一人の酔っ払った浪人を連れて来た。以前勘兵衛が盗人を倒した後、帰ろうとする勘兵衛を睨み回していたチンピラ然とした浪人であった。その際に、お前は侍なのかと聞かれたことを根に持っていた浪人は、家系図を持ち出してハッタリをかまして菊千代と名乗るが、すぐに見破られてしまい、散々からかわれる羽目になる。

いざ村へ 編集

村へ向かう六人の侍と利吉達に菊千代はどこまでもついて来た。やがて、利吉達は村に到着するが、村人は全く出てこない。長老に聞くと、侍達に脅えているのだという。百姓達はいつも脅えてばかりいるものだと言う長老に、勘兵衛は「それでは戦にならない」と詰め寄る。

そのとき、村に警報の拍子木が鳴り響いた。村人は外へ飛び出し、侍達にすがる。侍達もあわてて広場へと走るが、野武士の姿は見えない。勘兵衛はパニックを起こす村人を一喝し、誰が板木を叩いているのかと聞いた。名乗り出てきたのは菊千代であった。自分達が村へ来た時は遠巻きに見ていたくせに、自分が板木を叩くとすがり付いてきやがると村人を罵倒する菊千代の言葉に、みな返す言葉もなく立ちつくした。その様子を見て、平八はこれで七人揃ったと笑った。

村人の訓練 編集

勘兵衛たちは村の周囲を回り、弱点を調べ上げて村を要塞化する案を練った。百姓たちは堀や柵作りなど村の要塞化の普請を始め、百姓たちも戦いに加わるために組分けされ、それぞれ個性的な七人の侍たちの指導により鍛え上げられる。

百姓の横行 編集

勘兵衛達が防衛の策を練っているとき、菊千代はを羽織り、などを嬉しそうに勘兵衛達の前に持って来る。だが、百姓がこういった装備を手に入れる方法は、落ち武者狩り以外にない。七郎次は怒りにまかせて槍を投げ捨てる。敗走する侍から装備を強奪しながらも、自分たちの危機には守って貰おうとする卑劣さに、他の侍たちも憤りを隠せない。ついには久蔵が「おれはこの村のやつらが斬りたくなった」と吐き捨てるように言った。

突如、菊千代が立ちあがって、侍達に百姓ほど悪ずれした者はいない、百姓をそうさせたのは戦いや略奪を繰り返す侍達だといつもの侍ぶった態度を捨てて叫ぶ。菊千代は勘兵衛に百姓の出であることを見抜かれると、逃げるように小屋を後にした。

勝四郎と志乃 編集

ある梅雨時の日、村は久々に静かな日々を送っている。平八が戦場に掲げる旗を作り菊千代とふざけている中、勝四郎はその場からそそくさと離れていく。 山の中では久蔵が殺陣を行っている中、そそくさ山の中を通り抜けて行く勝四郎を目撃する。

本拠へ襲撃 編集

麦の収穫が行われ、そこへ何も知らない野武士たちがやってくるが、村へは今までどおり入れなくなっていた。唯一の侵入路から入った野武士は入口を閉ざされ、侍と百姓たちにより村の中で各個撃破され、ついにやられっ放しだった野武士に反撃することができた。

村人の利吉の案内で野武士の本拠を見つけた侍たちは野武士の人数を知ることに成功し本拠を焼き討ちするが、逃げ惑っていた者たちの中に野武士にさらわれた利吉の妻がおり、利吉を見ると火の中に身を投じてしまった。平八が必死で利吉を取り押さえるが野武士の弾が平八に命中し致命傷を負う、本拠から逃れるも平八がついに力尽きてしまい残る侍は6人となってしまう。村の墓場に平八が葬られ農民も侍も平八の死を悼み静まり返る。そんな中菊千代はかつて平八が作り上げた旗を村の中心に高く掲げ挙げる。それと同時についに野武士が襲撃を始めついに戦いの火蓋が切って落とされる。

決戦 編集

野武士は一人また一人と倒され数が少なくなるが、侍や村人にも戦死者が出る。村の防衛線の外にある防御の手が回らない農家も、野武士の焼討ちに任せるままにしてしまう。この折、水車小屋に篭った爺様(じさま)を引き戻そうとした息子夫婦が野武士に突き殺され、それを助けようとした菊千代は助かった赤ん坊を抱きながら、「これは俺だ。俺もこうだったんだ。」と叫び、彼の正体は侍ではなく戦に巻き込まれて死んだ百姓の孤児で、侍になりたかっただけだったことが明らかとなる。戦いの合間の一時、いちばん若い侍の勝四郎は村の娘・志乃と短い恋に落ちる。

数が減り食料もない野武士との決戦の迫る前夜、勝四郎は志乃に誘われ逢引するが翌朝ばれてしまい、志乃の父親は激怒する。そこへ折から豪雨が降りだし、野武士の最後の総攻撃が起こり村の中で決戦が始まる。混乱の中、百姓や侍は当初の作戦どおりに戦いを進めることができなくなり、村の中は泥沼の戦場と化す。侍と村人に犠牲が出るが、野武士はついに全滅する。

戦いの後 編集

初夏、脅威から逃れた村では田植えが行われる。百姓たちはついに村の平和を取り戻し喜びと歓喜の中で農作業が行われる。その様子を戦で生き残った勘兵衛、七郎次、勝四郎の3人が眺めている。勝四郎と志乃は一瞬目を合わせるが志乃は何事も無かったのように勝四郎から通り抜け農作業を行った。勘兵衛は威勢よく田植えをしている百姓を眺めながら「また負け戦だったな…、勝ったのはあの者たちだ、わし達ではない…。」と一言つぶやく、侍たちの中には喜びよりただ戦死した4人の仲間達の無念が心へと刻まれていた。

あの勘兵衛のつぶやきには、それ以前の時代から営々と受け継がれてきた様々な価値観が崩壊した、第2次世界大戦の敗戦という、有史以来の未曾有の事態に、あの戦争で散華していった者たちの事など忘れてしまったかの様に、百花繚乱のごとく咲き乱れる、様々な民衆の戦後風俗・思潮(とくに自由主義思想)・エネルギーに、複雑な感情を抱いていた、黒澤や橋本や小国らの、知識人層・士族層・こころある人々達の、言葉に出来ない思いが投影されていると言われている。テンプレート:要出典

制作の裏側 編集

製作の意図 編集

黒澤は「生きる」に続く作品に時代劇を撮る予定であった。

それまでの時代劇は歌舞伎などの影響を受けすぎており、黒澤たちはこれまでの時代劇を根底から覆す作品を撮ると言う意思から、まず上泉信綱などの剣豪伝をオムニバスで描く作品を考え脚本を製作したところ、終わりまで繋ぐことが出来ずに断念。

次に、城勤めの下級武士の平凡な一日がストーリーの根幹になる物語を考えたが、「当時の武士の昼食は、弁当持参だったのか、給食が出たのか」「当時は1日2食であり、昼食を摂る習慣はなかったのではないか」等の疑問が解決できなかったため、「物語のリアリティが保てない」という理由でこれも断念。

その後、戦国時代の浪人は武者修行の折りにどうやって飯を食っていけるのかを調べていったところ、農民達に飯と宿を与えてもらう代わりに寝ずの番をしてヤカラから村を守ると言う話が出てきたため、「武士を雇う農民」をストーリーの根幹に据えることとなった。 テンプレート:節stub

侍のテーマ 編集

『七人の侍』の中で最も有名な曲である侍のテーマ早坂文雄が作曲した。はじめ黒澤は、早坂が用意していた曲がすべて気に入らずに没案となったが、困った早坂がゴミの中に捨てていた楽譜の一枚をピアノで演奏したところ、採用となった。

燃える山寨 編集

野武士の砦に火を点けるシーンでは実際に砦を燃やして撮影されたが、想像以上に火の勢いが激しかったため、利吉役の土屋が女房を追って砦の中で入るシーンで熱風により気管にやけどを負った。利吉の女房役、島崎雪子はギリギリまで演技をしたため、撮影直後に火ぶくれで顔がみるみる腫上がった。また、その時に大事な小道具を砦の中に落としてしまい、砦もろとも焼失してしまう。消火活動も困難だったらしく、砦のセットの周りの森も焼け果てていた。

伝説の雨の合戦 編集

クライマックスの雨中の合戦では、黒澤は雨をより激しく見せるため、雨の中に墨汁を混ぜて撮影を行った。映画では9月ごろという設定であるが、撮影は2月の極寒の積雪の中で行われ、三船や加藤をはじめ肌着一枚やほぼ裸の役者にとってはとてもきついものであった。実は「雨の決戦」というシチュエーションも、積雪がある2月の撮影ゆえに誕生したものだった。オープンセットに積もった雪を溶かすために大量の水が撒かれたため、現場全体が泥濘と化し、これを逆に利用したのである。

季節の設定は春から初夏であろうと思われる。それは映画の冒頭で麦が実り、ラストシーンで田植えを行っていることから推察できる。

当時のハリウッドにおけるアクション娯楽映画といえば西部劇がまだ幅を利かしている頃で、対決シーンというと炎天下の砂塵が吹く中での対決が主流、定番となっており(そもそも降雨が少ない)、豪雨の中での合戦シーンというそれまでになかった手法に、ハリウッドだけでなく世界中の映画関係者、映画ファンを驚かせた。

予算 編集

内容に凝りすぎて予算を使い果たしてしまった黒澤は、未だ完成のメドが立ってない事に業を煮やした会社から難詰され、会社の役員向けに試写を行うも、野武士が山の斜面を駆け下りここから合戦という場面でフィルムがストップする。騒然とする役員に「これの続きは?」と詰め寄られ、黒澤は「ここから先はひとコマも撮っていません」と告白、そのまま予算会議となり、追加予算を付けて貰った。

撮影期間 編集

撮影期間は3ヶ月で行われる予定であったが。設定変更などで大幅に長引き、結局1年がかりで撮影されることとなった。

その他 編集

  • 久蔵役の宮口は、合戦の撮影中に放たれた矢が足に当たり、重傷を負った。
  • 菊千代は当初は膳兵衛という名前で、戦国が生んだ鬼という久蔵に似た暗いキャラクターとして描かれていたが、黒澤が侍の中に型破りで明るいキャラクターが欲しいという要望で、三船の性格をモデルに菊千代へとキャラクターが変更された。
  • その三船は脚本に軽く目を通した際、黒澤に向かって「この菊千代というのが僕ですね」と配役も告げてない段階で言い当てた。

この飯、おろそかには食わんぞ。 編集

  • 勘兵衛の台詞である。名セリフとして有名になり、日常会話でも盛んに引用された。

評価 編集

一般的に黒澤映画の最高傑作と評されることも多い。侍や百姓たちは一面的ではなく、特に百姓たちは善悪や強弱を併せ持った存在として描かれ、侍たちと百姓たちが相互に関わり合い変化してゆく様がしっかりと描かれている。

また、当時の映画としては破格と言える2億円もの巨費が投じられ、製作には充分な時間がとられた。脚本は数人がかりで練りこまれ、場面毎にアイデアを提出し、その中で良いネタを採用するシステムを取った。衣裳なども時代劇にありがちなきらびやかなものではなく、着古したような衣裳が手間をかけて作られて人数分用意され、百姓の衣装は土の中に埋めてリアリティを持たせた。撮影は一部スタジオで行われた分を除き、大部分が東宝撮影所付近の田園に作られた巨大な村のオープンセットと、伊豆から箱根にかけての各地の山村でのロケで行われた。ロケ地にもオープンセットと違和感なくつながるように村の一部を建設したため、建設費も大きくなった。

本作の評価の一つに、時代考証が正確無比だったことが挙げられる(ただし、戦国史家の藤木久志は、この作品が傑作であることを認めつつ、戦国時代の農民は基本的に武装し、状況に応じて兵士に早変わりする獰猛な存在であって、刀ひとつ持てないなどということはあり得ないとの批判を述べている)。それは合戦シーンも同じである。黒澤が合戦シーン及び侍たちがとった戦法にリアリティがあるのかどうかを自衛隊などの識者に聞いて回ったところ、皆が戦術として非常に優れていると口を揃えたという。しかし、実は戦闘シーンや戦法(特に村を要塞化するなどの描写)は、資料が足りなかったのか黒澤たちが適当に描いたものだった。それゆえに黒澤はわざわざ識者に聞いて回ったのである。それまでは脇役であった野武士というものの生態を浮き立たせたのもこの映画の特徴であった。

本作は、小津安二郎の『東京物語』、本多猪四郎の『ゴジラ』等と共に、日本映画という枠のみならず、世界映画の傑作としてしばしば挙げられ、国外での評価も高い。1954年度 ヴェネチア国際映画祭銀獅子賞を受賞した。

影響を受けた作品 編集

「腕利きの7人(または数人)の個性的なプロフェッショナルが、弱者を守る・秘宝を盗むなどの目的のために結集して戦う」というプロットは、「7人」という登場人物の映画・ドラマの原点とも言われている。連続シリーズ物の1エピソードとして作られた7人ものについては、多すぎて挙げる事も出来ない程である。

パロディ 編集

リメイク 編集

荒野の七人 編集

近年のリメイクの声 編集

  • 近年『七人の侍』はリメイクを希望する声もあるが、その一方で黒澤が作ったこの作品はキャスト、美術、演出などがこれ以上とないほどよくできているため、リメイクすべき作品ではないと否定する声も多い。
  • 近年GONZOによりアニメ『SAMURAI 7』としてリメイクされている。しかし単なるリメイクではなく、遠い未来という設定で描かれており、全身を機械化した侍が登場したりとSF的な要素が盛り込まれ、キャラクター設定等も大きく変更されており、独自の展開も目立つ。一つのアニメーション作品としては一定の評価を得ているものの、原作の重厚感はなく、オリジナルのファンからは否定的な意見も多い。
  • 2004年にスティーブン・スピルバーグがリメイクの企画を上げたが企画落ちをしたという話がある。
  • サミーからPS2用ゲーム『SEVEN SAMURAI 20XX』が発売されている。

ワインスタイン・カンパニーによるリメイク 編集

テンプレート:新製品 アメリカワインスタイン・カンパニーによるリメイクが予定されている。製作総指揮は同社の創設者であるハーヴェイ・ワインスタインボブ・ワインスタインで、脚色はジョン・フスコ

映画の舞台は現代のタイで、カーン・ラオという将軍の略奪行為を受けた村から、1人の村娘タナシーがバンコクへ赴き、傭兵集めをするところから始まるという物語。勘兵衛はチャーリーという名の白人男性に変更されるなど、7人の傭兵はそれぞれ国籍が異なるという設定。タナシーはチャン・ツィイーが演じる。

参考文献 編集

外部リンク 編集

ar:الساموراي السبعة bg:Седемте самураи cs:Sedm samurajů de:Die sieben Samuraieo:Shichinin no samurai / 七人の侍 es:Los Siete Samuráis fa:هفت سامورایی fi:Seitsemän samuraita fr:Les Sept Samouraïs he:שבעת הסמוראים hu:A hét szamuráj it:I sette Samurai ka:შვიდი სამურაი no:De 7 samurajer pl:Siedmiu samurajów pt:Shichinin no samurai ru:Семь самураев (фильм) simple:The Seven Samurai sk:Sedem samurajov sv:De sju samurajerna

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