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テンプレート:文学吾輩は猫である』(わがはいはねこである)は、夏目漱石の長編小説。1905年1月、「ホトトギス」に発表、好評のため翌年8月まで継続した。大倉書店、服部書店刊。

英語教師、苦沙弥先生の家に飼われている猫である「吾輩」の視点から、飼い主苦沙弥先生の一家や、そこに集う彼の友人や門下の書生たちの人間模様を風刺的に描いた、漱石の処女小説。「吾輩は猫である。名前はまだ無い。どこで生れたかとんと見当がつかぬ。」という書き出しは有名。舞台化されたほか、『吾輩ハ鼠デアル』『我輩ハ小僧デアル』など多くのパロディーが生まれた。

登場人物・動物 編集

吾輩(主人公の猫)
珍野家で飼われている猫。本編の語り手で、名前は未だない。人間の生態を鋭く観察したり、猫ながら古今東西の文芸に通じており哲学的な思索にふけったりする。人間の内心を読むこともできる。
三毛子
隣宅に住む二絃琴の御師匠さんの家の雌猫。主人公の事を「先生」と呼ぶ。
車屋の黒
大柄な雄の黒猫。べらんめい調で教養がなく、大変な乱暴者なので主人公は恐れている。
珍野苦沙弥(ちんの くしゃみ)
猫の飼い主で中学の英語教師。妻と3人の娘がいる。偏屈な性格で胃が弱くノイローゼ気味である(漱石自身がモデルとされる)。
迷亭(めいてい)
苦沙弥の友人の美学者。ホラ話で人をかついで楽しむのが趣味の粋人(美学者・大塚保治がモデルともいわれるが漱石は否定したという。また、漱石の妻・鏡子の著書・『漱石の思ひ出』には、漱石自身が自らの洒落好きな性格を一人歩きさせたのではないかとする内容の記述がある)。
水島寒月(みずしま かんげつ)
理学者で、苦沙弥の元教え子。なかなかの好男子(寺田寅彦がモデルといわれる)。
越智東風(おち とうふう)
詩人で、寒月の友人。「おちこち」と自称している。
八木独仙(やぎ どくせん)
哲学者。ヤギのような髭を生やし意味不明な警句を吐くが、誰も分からない。
甘木先生
苦沙弥の主治医、温厚な性格。
金田(かねだ)
近所の実業家。苦沙弥に嫌われている。苦沙弥をなんとかして凹ませてやろうと嫌がらせをする。
鼻子(はなこ)
金田の細君。寒月と自分の娘との縁談について珍野邸に相談に来るが、横柄な態度で苦沙弥に嫌われる。巨大な鼻の持ち主で「鼻子」と猫につけられる(鼻が大きくて「鼻の圓遊」と呼ばれた明治の落語家初代三遊亭圓遊にヒントを得て創作されたという説がある)。
富子(とみこ)
金田の娘。母親似でわがまま。
鈴木籐十郎(すずき とうじゅうろう)
苦沙弥、迷亭の学生時代の同級生。金田家に出入りし、金田の意を受けて苦沙弥の様子をさぐる。
多々良三平(たたら さんぺい)
苦沙弥の教え子。
牧山(まきやま)
静岡在住の迷亭の叔父。園遊会出席のため上京、苦沙弥と出会う。丁髷を結い鉄扇を手放さない旧幕時代の権化のような人物である(内藤鳴雪がモデルとされる)。
おさん
珍野家の下女。主人公の猫を好いていない。
雪江
苦沙弥の姪、女学生。時々珍野邸に来て苦沙弥とケンカする。

作品解説 編集

作品背景 編集

漱石が所属していた俳句雑誌『ホトトギス』では、小説も盛んになり、高浜虚子伊藤左千夫らが作品を書いていた。こうした中で虚子に勧められて漱石も小説を書くことになった。それが1905年1月に発表した『吾輩は猫である』で、当初は最初に発表した第1回のみの、読み切り作品であった。しかもこの回は、漱石の許可を得た上で虚子の手が加えられており、他の回とは多少文章の雰囲気が異なる。またもともと漱石がつけた題名は『猫伝』(ねこでん)であったが、虚子の助言により『吾輩は猫である』とされた。だがこれが好評になり、虚子の勧めで翌年8月まで、全11回連載し、掲載誌『ホトトギス』は売り上げを大きく伸ばした(元々俳句雑誌であったが、有力な文芸雑誌の一つとなった)。

なお主人公「吾輩」のモデルになったのは夏目家に飼われていた野良猫である。実際、この猫には名前が無かったという。1908年9月13日に猫が死亡した際、漱石は親しい人達に猫の死亡通知を出した。また、猫の墓を立て、「この下に稲妻起る宵あらん」と安らかに眠ることを願った一句を添えた後、猫が亡くなる直前の様子を「猫の墓」(『永日小品』所収)という随筆に書き記している。

ちなみに『猫』が執筆された当時の漱石邸は現在は愛知県の野外博物館・明治村に移築されていて(旧所在:文京区千駄木)公開されている。東京都新宿区弁天町の夏目公園(漱石山房跡地)には「猫塚」があるが、後年復元したものだという。

作品研究 編集

日露戦争前後の上級社会への諷刺を、苦沙弥先生や寒月などの滑稽な登場人物の中に織り込ませた、戯作風の作品である。スウィフトの『ガリヴァー旅行記』などに影響された描写力は出色で、他の追随を許さなかった。

長編として書くことを想定していなかったため、小説らしい筋書きはあまりなく、その点でローレンス・スターンの『紳士トリストラム・シャンディの生涯と意見』の影響も指摘されている。また、猫が主人公という点でホフマンの『牡猫ムルの人生観』に影響を受けた可能性がある。『蚤の自叙伝』(19世紀前半ごろ書かれたとされる作者不明の官能小説)に至っては、蚤の視点で宿主の性生活をシニカルに描く手法や、漱石自身がつけた原題との類似(?)など、共通点が多く見出せる。 ⇒ en:The Autobiography of a Flea(蚤の自叙伝)参照。『ホトトギス』連載中の1906年5月、「新雑誌」に「牡猫ムル」の幽霊が現われたという設定の戯文(猫文士気焔録)が掲載され、その中で漱石の『猫』が皮肉られた(『トリストラム・シャンディ』と『牡猫ムルの人生観』については、『吾輩は猫である』本文でも言及されている)。

終盤(最終回)で、迷亭が苦沙弥らに「詐欺師の小説」を披露するが、これはロバート・バーの『放心家組合』のことである。この事実は、1971年、山田風太郎により指摘されるまで(漱石と「放心家組合」[1])、日本の文学者や推理小説研究家の、誰一人として気付かなかった。

古典落語のパロデイが幾つか見られる。例をあげると、強盗が入れられた次の朝、苦沙弥夫婦が警官に盗まれた物を聞かれる件は『「花色木綿(出来心)』の、寒月がバイオリンを買いに行く道筋を言いたてるのは『黄金餅』のパロデイである。迷亭が洋食屋を困らせる話にはちゃんと「落ち」までつけ一席の落語としている。漱石は三代目柳家小さんなどの落語を愛好したが、『猫』には落語の影響が最も強く見られる作品である。

第三話にて寒月君が講演の練習をする「首縊りの力学」は、実在する論文を摘要したものである。寺田寅彦の随筆夏目先生の追憶 に、彼がその論文を夏目漱石に紹介した経緯が書かれている。

映像化作品編集

映画編集

テレビドラマ編集

テレビアニメ編集

外部リンク編集


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