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生れてはみたけれど』(うまれてはみたけれど)は、1932年松竹蒲田撮影所製作の日本映画小津安二郎監督が、当時急激に増加した東京郊外に住むサラリーマンの生態を子供の目から風刺した喜劇。小津監督の特徴といわれている「フェードイン、フェードアウト」を使わずに固定したカットをつないでの場面展開は本作品によって決定付けられた。

あらすじ 編集

餓鬼大将、良一、啓二の兄弟のお父さんはサラリーマン。重役の岩崎の近くに引っ越して出世のチャンスをうかがっている。だが、兄弟の前では厳格そのもの。引っ越しで転校した兄弟は早速地元の悪ガキグループと喧嘩した揚句、鬱陶しくなって学校をずる休みするも担任の家庭訪問でばれて二人はお父さんから大目玉。そのうち悪ガキ仲間と友達になり一緒に遊ぶようになる。その中にはお父さんの勤めている会社の重役、岩崎の子供もいる。ある日、みんなで「うちの父ちゃんが一番えらい」と自慢する話が出る。餓鬼大将も自分の父親が一番えらいと信じて疑わなかった。

 ところが、ある日、岩崎の家へ行って見せてもらった十六ミリ映画の中で、父ちゃんは岩崎の父ちゃんの前でお世辞を言い、動物のまねまでしてご機嫌伺いをしていた。いつも僕たちに「偉くなれ」といっている父ちゃんがなんと言うざまだ。怒った二人は食事も取らず、又しても学校をサボって抗議する。困惑する父。しかし、その抗議も長続きせず母のとりなしで兄弟は夕食を食べて寝る。父も子供も寝顔を見ながら、家族のためとはいいながら子供を絶望させたことを後悔する。翌朝、いつものように父と息子は一緒に家を出る。息子は父に重役に挨拶しないとだめじゃないかといいながら。

キャスト編集

スタッフ 編集

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